2軒目のホストファミリー、ホプキンス家でのにぎやかな生活が始まった頃、M校ではTerm 2の終わりが近づいていた。
私がスワンヒルへやって来たのは、4月末。
それからおよそ2か月。期待と不安で胸をいっぱいにして立った全校集会の壇上、午前3時までかけて作った教案、緊張で手足ガクガク、喉をカラカラにしながら迎えた初授業――。
英語で言葉に詰まり、生徒たちの前で立ち往生した日もあった。
ケリーから容赦のないダメ出しを受け、自室でひとり涙をこぼした夜もあった。
それでも私は負けじと毎日、教室へ立ち続けた。
気がつけば私は、ケリーから一つひとつ指示を受けずとも、全学年の授業を自分で進められるまでになっていた。
そして、ついにその日が近づいてきた。
社会人人生最初の上司であり、最大の難関でもあったケリー・レノン女史が、M校を去る日である。
ケリーから、生徒たちへの発表
ある日の10年生の授業が終わろうとしていたとき、ケリーが教室の前へ進み出た。
「みなさん、ここで私から、大切なお知らせがあります」
いつもとは明らかに違うMs. Lennonの雰囲気を察したのだろう。
それまでにぎやかだった生徒たちは、一様に口を閉じ、まっすぐ前を向いた。
「実は私、今学期をもって、この学校を退任します。このあとの行き先は、日本です」
教室に、小さなどよめきが走った。
ケリーは続けた。
「今、Naoが日本からやって来て、皆さんに日本語を教えてくれているでしょう。それと同じように、今度は私が、日本の高校で英語を教えることになりました」
そして少し笑いながら、いかにも彼女らしい調子で付け加えた。
「私も海外へ出て、自分の力を試してみたいの。日本で始まる新しい生活を、今からとても楽しみにしているわ。だから、たとえみんなが『やった~、怖い先生がいなくなるぜ!』と思ったとしても、ちっとも構わないわよ(笑)」
生徒たちの間から笑い声が上がり、張り詰めていた教室の空気が少し緩んだ。
「私は新しい夢に向かって、全力で挑戦します。みんなもこの学校でたくさんのことを学び、自分の将来をつくっていってください」
話が終わると、生徒たちは一斉に目を丸くし、今度は抑えきれないようなざわめきが広がった。
「Ms. Lennon、それじゃあ、来学期からの日本語の先生は、新しい人が来るんですか?」
「Naoも、その先生と一緒に授業へ来てくれるんでしょう?」
生徒たちの質問に、ケリーは落ち着いて答えた。
「ええ、もちろん後任の先生は来ます。でも、来学期から日本語の授業を中心になって進めるのは、Naoです」
「Naoで大丈夫?」と言われると思っていた
その瞬間、私は教壇の脇で身を固くしていた。
――ええっ、この人で大丈夫なの?
生徒たちから、そんな反応が返ってくるに決まっている。
内心では、すっかりそう思い込んでいた。
・・・ところが、予想は見事に外れた。
「ワーォ!」
歓声とともに、教室中から大きな拍手が巻き起こったのである。
私を不安そうに見る生徒は、誰ひとりいなかった。
皆が笑顔で、来学期からも私の授業を受けられることを、素直に喜んでくれていた。嬉しくなかったはずはない。
ただ、その温かい拍手を浴びた瞬間、私の両肩には「責任」という名の重たいものが、ずしりとのしかかった。
もはや、一アシスタントという、お気楽な立場ではない。
来学期からは、自分が中心となって、全学年の日本語クラスを動かしていくのだ。
私は口を真一文字に結び、笑顔とも緊張ともつかない、なんとも複雑な表情をしていた。
あのときの顔は、不思議なほどよく覚えている。
教室ごとに開かれた、小さな送別会
それから、ケリーは各学年の生徒たちへ、退任と日本行きを自分の言葉で伝えていった。
すでにTerm 2の学習内容をほぼ終えていたこともあり、その後の日本語の授業は、クラスごとにケリーの送別会のような時間へと変わっていった。
あるクラスでは、女の子たちが手料理やお菓子を持ち寄り、皆で食卓を囲むような座談会が開かれた。
また、メルボルンへのエクスカーションをともにした9年生のクラスでは、これまでに習った日本語を使い、楽しい小演劇を披露してくれた。
教室に響く、まだ少したどたどしい日本語。
一生懸命に台詞を言う生徒たちと、それを嬉しそうに見守るケリー。
私もその隣で、笑ったり拍手したりしながら、皆と同じ時間を過ごした。
活動開始当初の緊張と、連日の厳しい指導が嘘だったかのように、最後の日々は穏やかで、笑いの多いものになった。
終業式前日、全クラスの授業を終えて。このころには鬼師匠とも対等に渡り合える関係になっていました。
最後の朝、託された授業ノート
1997年6月下旬、M校はTerm 2の終業日を迎えた。
この日は午前中の終業式だけで、翌日からは待ちに待った約2週間の冬休みである。
午前8時前、いつものように職員室へ入ると、すでにケリーが出勤していた。
この日の彼女は、きりりとしたスーツ姿。ほとんど空になった自分の机の周りを、最後まで慌ただしく片づけていた。
「Good day, Kel. 今日は早いんだね!」
出会ったばかりの頃には、上司を名前で呼ぶことさえためらっていた私も、この頃には彼女を愛称の「ケル」と呼べるようになっていた。
「Hi, Nao. 今朝は一段と寒いわね。机の片づけが、なかなか終わらなくて。今朝もバタバタよ(笑)」
そう言うと、ケリーは学年ごとにまとめられたノート一式を、机の上へどさりと置いた。
「授業で大切だと思うポイントを、学年ごとにまとめておいたわ。来学期からの授業に役立てて」
後任となる男性教師は、ジェフリー・ホイットマン――通称ジェフ。
スワンヒルで最初のホストファミリーであったモーガン夫妻とも顔なじみの、とても人柄のよい先生だと聞いている。
ただし、日本語教師ではなく、日本語を話せるわけでもない。
現場責任者として、教室には立ち会ってくれるものの、日本語の授業運営そのものは、私に託されることになっていた。
「ジェフには、私から事情をすべて話してあるわ。Nao、あなたなら、きっとうまくやっていける!」
朝一番から、いきなり胸を熱くさせてくれるではないか。😂
私はノートを受け取りながら答えた。
「ありがとう、ケル。あなたには、本当に大切なことをたくさん教えてもらった。最初の頃、不安だらけだった自分が嘘みたい。大丈夫。なんとかうまく回していくから、あとのことは心配しないで。岡山での活躍を祈っているからね!」
「ありがとう、Nao。これからは、お互いに“文化大使”ね!」
鬼の目にも涙
午前9時、Term 2最後の全校集会が始まった。
そしてこれは、ケリーにとってM校で迎える最後の集会でもあった。
ハリス校長の挨拶に続き、この学期をもって退任する三人の先生方が紹介された。
その一人として壇上に立ったケリーは、全校生徒と教職員を前に、最後の言葉を述べた。
大学を卒業したばかりの新任教師としてM校へ赴任したこと。
この学校で得たすべての経験が、何ものにも代えがたいものであること。
8月にはオーストラリアを離れ、日本で新しい挑戦を始めること。
そして、自分の思いはこれからも、この学校とスワンヒルの町に残り続けること。
言葉の細部までは、もう覚えていない。ただ、いつも気丈で、隙のないように見えたケリーの声が次第に詰まり、その目にうっすらと涙が浮かんでいたことは、よく覚えている。
まさしく、“鬼の目にも涙” 😂
もちろん、そのようなことを本人の前で口にする勇気など、私にはなかったけれど(笑)。
Term2(2学期)の終業式を終えてホッとひと息。ケリーはこの数日後、出国準備のためスワンヒルを後にしました。
最初の山を越えた日
式が終わると、職員室では先生方が思い思いに写真を撮り、別れの挨拶を交わした。
私もケリーと固い抱擁を交わした。
初めてスワンヒル駅で会った日、彼女の周りには、どこか張り詰めた壁のようなものを感じた。
その後は、教案の作り方から授業の進め方、生徒への声のかけ方に至るまで、何度となく厳しい指導を受けた。
腹が立った日もあれば、怖くて顔色をうかがった日もある。
それでも、逃げずに食らいついてきたからこそ、最後には互いを「文化大使」と呼び合い、笑顔で抱き合うことができたのだと思う。
人と人との関係は、最初の印象だけでは分からない。向き合い方と、積み重ねた時間によって、これほど変わることがあるのだ。
ケリーと過ごした2か月あまりの経験が、その後の長い年月を社会人として生きていく私を支える底力のひとつになったことは間違いない。
そしてこの日、私はようやく、スワンヒルで最初の大きな山を越えたという充実感に包まれていた。
厳しかった最初の段階を、どうにか卒業できた。そんな心からの安堵があった。
ただもっとも、心の片隅には・・・
――これで、目の上のたんこぶがいなくなった。😆
という、少々不謹慎ながらも正直な解放感があったことも、ここで白状しておこう。
感謝と寂しさと、達成感と解放感。いくつもの感情が入り交じったまま、私の最初の学期は幕を閉じた。
そして翌日からは、待ちに待った2週間のスクールホリデー!
正子さんをはじめ、ビクトリア州の各地で活動していた懐かしい仲間たちが、今度はここスワンヒルへ大集合する。
鬼教官のいない穏やかな朝と、にぎやかな冬休みの始まりは、もうすぐそこまで来ていた。
(次回へ続く)
