海外で日本語を教える、とは?
海外の学校で日本語を教えるには、どの程度の英語力が必要なのでしょうか。
日本語のネイティブなのだから、日本語を教えること自体はそれほど難しくない。英語も日常会話ができれば、あとは現地で何とかなる――。
1997年、オーストラリアの学校で日本語アシスタントとして活動を始める前の私は、心のどこかでそのように考えていました。
けれども、実際に教室へ入って分かったのは、日本語を話せることと、日本語を外国語として教えられることは別だという現実でした。
結論からいうと、海外で日本語を教えるために、最初から完璧な英語を話せる必要はないと思います。
ただし、授業を進めるための英語、相手の反応を読み取る力、伝わらなかったときに別の言葉で説明する力は必要でした。
これは、約9カ月にわたるオーストラリアでの日本語アシスタント経験から得た、私自身の答えです。
1997年、オーストラリア・ビクトリア州の地方校で、日本語アシスタントとして活動しました。
渡航前は「気合いがあれば何とかなる」と思っていた
活動開始前、メルボルンでは約1カ月の事前研修が行われました。
最初の3週間は英語力を強化するための研修、残る1週間は、赴任先の学校で行う日本文化紹介や日本語授業の実践方法を学ぶ期間でした。
大学時代にも英語による授業を受けていたため、読み書きや初歩的な会話には、それほど抵抗がありませんでした。
ところが、連日内容が変わるロールプレイ、速い英語を聞き取って書き取るディクテーション、そして英文法には大苦戦。
会話力と文法の成績があまりにもかけ離れていると講師を困惑させ、文法では追試を受けることになりました。
一方、周囲の参加者たちは授業後も図書館で練習し、分からないことがあれば講師へ積極的に質問していました。
「海外へ行く」という気合いだけで、自分も何とかなると思っていた私は、早くも大きな劣等感を味わうことになったのです。
メルボルンで受けた事前英語研修。ここで早くも、自分の英語力の現実を思い知らされました。
初出勤で突然「明日からの教案」を任された
英語研修を終え、ビクトリア州北西部の町スワンヒルへ移動した私は、活動先のM校で初出勤の日を迎えました。
日本語教師の補助役として、担当教師が進める授業を手伝う。
私は、そのような立場を想像していました。
ところが、全校集会でのスピーチを終えた私に、担当指導教師のケリーから告げられたのは、
「それじゃ、明日からの教案、お願いね」
という、想定外の言葉でした。
補助をするだけだと思っていた私が、自分で教案を作り、生徒たちの前に立って授業を進めることになったのです。
日本語を英語で説明する難しさ
初授業の相手は、最年少クラスの7年生でした。
教案作りは深夜まで続き、完成したのは午前3時。ほとんど眠れないまま、翌朝の教壇に立つことになりました。
授業では、生徒たちが実際に日本語を使えるよう、ロールプレイを中心に進めました。
しかし、日本人なら何気なく使っている言葉でも、日本語を初めて学ぶ生徒には、その意味や使い方を最初から説明しなければなりません。
しかも、その説明に使うのは英語です。
単語や文法を知っているだけでは足りませんでした。
生徒たちの表情を見ながら、
「今の説明で伝わっただろうか」
「もっと簡単な英語に言い換えられないか」
「どうすれば退屈せずに参加してもらえるか」
と考えながら、授業を進める必要があったのです。
▶ 第9話「午前3時完成の教案を胸に、初めての教壇へ」を読む
午前3時までかけて教案を作り、7年生を相手に初めての日本語授業へ臨みました。
必要だったのは、完璧な英語だけではなかった
授業が終わるたび、ケリーからマンツーマンで指導を受けました。
説明の仕方、生徒への声のかけ方、教室全体への目配り。細かな改善点を指摘され、帰宅後は翌日の教案作りに追われました。
あるときには、
「あなたの授業は、とても退屈」
とはっきり言われました。
別の日には、私の英語の言い回しを生徒たちに笑われ、張り詰めていた心の糸が切れてしまったこともあります。
それでも私は、あるところで考え方を変えました。
私は正規の教師ではない。けれど、日本語のネイティブとして、日本語と日本文化について自分にしか伝えられないことがある。
完璧な英語を話せなくても、その価値までなくなるわけではない。
そう開き直れたことで、少しずつ教室に立つ自信を取り戻していきました。
▶ 第10話「心が折れた教室で、私は“先生”になった」を読む
活動開始から約2週間。厳しい指導と寝不足が続き、写真にも無理をした表情が残っています。
海外で日本語を教えるために必要だった4つの力
実際の経験を振り返ると、海外で日本語を教える際に必要だったのは、単純な英語力だけではありませんでした。
1.簡単な英語に言い換える力
難しい単語を使うことより、生徒が理解できる短い表現へ言い換える力が重要でした。
2.相手の反応を見る力
生徒の表情や教室の空気から、説明が伝わっているかを判断する必要がありました。
3.授業を準備する力
日本語を知っているだけでは授業になりません。何を、どの順番で、どのような活動を通して教えるかを考える教案作りが必要でした。
4.失敗しても教壇に戻る力
言葉に詰まることも、説明が伝わらないことも、生徒に笑われることもありました。
それでも翌日には、再び生徒たちの前へ立たなければなりません。
私にとって最も必要だったのは、英語を間違えない力よりも、失敗したあとにもう一度教室へ戻る力だったのかもしれません。
英語に自信がなくても、日本語は教えられる?
英語に自信がなければ、海外で日本語を教えることはできないのでしょうか。
私の答えは、最初から流暢である必要はない。ただし、準備し、言い換え、相手に伝えようとし続ける覚悟は必要というものです。
1997年当時の私は、英語研修で文法の追試を受け、初授業では教案ノートを握りしめながら、必死に次の言葉を探していました。
それでも、生徒たちの前に立ち続けるうちに、少しずつ伝え方を身につけていきました。
英語が完璧になってから始めたのではありません。
うまく話せないまま教室に入り、失敗しながら覚えていったのです。
海外で日本語を教えるために必要な英語力とは、試験の点数だけでは測れないものだった――。
それが、オーストラリアの教室で私が学んだことでした。
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