モーガン家では、ジャックをはじめ、数頭の馬を飼っていた。
広い牧場でのんびりと草を食む彼らの姿は、すでにモーガン家の日常風景の一部となっていたが、その中の一頭、ジャックには、もうひとつの顔があった。
彼は、レースに出場する競走馬でもあったのである。
オーストラリアの地方には、牧場を営むかたわら、自分たちで競走馬を育て、地域のレースに参加する人々がいた。所有馬の出走が決まれば、地元だけでなく、時には遠くメルボルンまで遠征することもある。
モーガン家も、そんな馬主一家のひとつだった。
ただし、ジャックが出場していたのは、騎手が馬の背に直接またがって走る、一般的な競馬ではない。
馬の後ろに「サルキー」と呼ばれる軽い二輪車を取り付け、そこにドライバーが乗って速さを競う「ハーネスレース」である。
スワンヒルへやって来て、まだ2週間ほどしか過ぎていなかった頃のこと。
ある日のモーガン家牧場で、ジャックに繋いだ馬車、サルキーに乗せてもらった貴重な思い出の一枚
ある週末、ジャックがメルボルンのレースに出場することになり、私もジェラルドとマリアンヌに同行させてもらえることになった。
学校と教案作りに追われる毎日から、しばし離れての遠出。それだけでも胸が躍ったが、今回は愛馬ジャックと一緒である。
こうして、モーガン夫妻と私、そしてジャックによる、週末のメルボルン小旅行が始まった。
ジャックを乗せて、まだ暗いスワンヒルを出発
土曜日の早朝。
外はまだ薄暗く、町全体が静かな眠りの中にあるような時間だった。
私たちはジャックを専用の馬運搬用トレーラー、いわゆるホースフロートに乗せ、それを自家用車の後ろにつないで、メルボルンへ向けて出発した。
スワンヒルからメルボルンまでは、車で300キロを超える道のり。
まず立ち寄ったのは、道中のマクドナルド。ドライブスルーでハンバーガーとホットコーヒーの簡単な朝食を調達し、私たちは再び車を走らせた。
早朝の道路の両側には、どこまでも平坦な大地が続いていた。
車内では、取り留めのない話をしたり、ときには静かに車窓を眺めたり。慣れない早起きで眠気に襲われた私は、いつしか、うつらうつらしていたらしい。
「Nao、久しぶりの景色じゃない?」
マリアンヌの声で、ふと意識を取り戻した。
顔を上げて車窓の向こうへ目をやると、遠くにメルボルンの高層ビル群が見えていた。
ついこのあいだまで、自分もあの大都会で暮らしていたはずなのに。
それでも、スワンヒルの牧歌的な風景に少しずつなじみ始めていた私は、改めて目にしたCityの輪郭に、なんともいえない懐かしさを覚えた。
メルボルンを離れてから、それほど長い時間が過ぎたわけではない。それでも、研修生として過ごしていた頃が、すでに遠い昔のことのように感じられた。
それほどまでに、スワンヒルでの一日一日は濃密だったのだろう。
久しぶりの大都会を満喫
昼過ぎ、私たちはメルボルン市内のホテルへチェックインした。
カフェでランチを済ませると、レース出場の準備があるジェラルドは、いったん別行動に。私はマリアンヌと二人で、久しぶりの市内散策へ繰り出した。
向かったのは、当時メルボルン・セントラル内にあった大丸百貨店。
ついこの間まで研修仲間たちと歩いていた華やかな売り場を、今度はホストマザーのマリアンヌと一緒に見て回る。
学校では日本語アシスタントとして、生徒たちの前に立つことにも少しずつ慣れてきていた私だが、このときばかりは、事前研修中の学生気分へ逆戻り。久方ぶりのCityに、気持ちはすっかり浮き立っていた。
なぜ私はチャイナドレス姿に??
夕刻、私たちはいったんホテルへ戻り、ジェラルドと合流した。
いよいよ、初めてのハーネスレース観戦だ。
ところが、ここで私には、もうひとつ大切な準備が残されていた。
会場へ向かうための「正装」である。
出発前、マリアンヌからは、「Nao、私たち、当日は思いきりドレスアップするのよ!」と言われていた。
地方の牧場主たちが集まるレースと聞き、勝手にワイルドでラフな会場を想像していた私は、その言葉にびっくり。慌ててクローゼットの中から、この日のための一張羅を引っ張り出した。
ジェラルドは、スーツにネクタイ。
マリアンヌは、黒でまとめたシックなワンピースとジャケット。
そして私は――なぜか、チャイナドレス 😅
今、当時の写真を見返しても、最初に浮かぶ疑問は同じである。
――なんで、チャイナドレス?
記憶をたどってみると、それは前年、当時高校生だった実家の妹が、所属していたブラスバンド部の中国遠征で、北京土産として買ってきてくれたものだった。
それを、私ははるばるオーストラリアまで持参していたのだった。
日本から来た私が、オーストラリアの競馬場で、北京土産のチャイナドレスを着る。
今考えると、なかなか国際色豊かな取り合わせではないか。
少なくとも当時の私は、「これならドレスアップという条件を満たせるはず!」と、大真面目に選んだのだと思う。
レース前のディナーパーティーで、ホストマザーのマリアンヌとツーショット。筆者が着用しているのが話題のチャイナドレス(笑)
光に包まれた夜のレース場
会場へ到着すると、まずはディナーパーティーに参加した。
きれいに着飾った人々が行き交い、食事を楽しみながら、その夜のレースについて語り合っている。
牧場で見ていた、のんびりとしたジャックの姿とはまるで違う、華やかな世界がそこには広がっていた。
レースが始まる頃、辺りはすっかり暗くなっていた。
まばゆい照明に照らされた夜のコース。観客のざわめきと場内アナウンスが響き、会場全体が独特の熱気に包まれていく。
ジャックの出走が、正確に何時頃だったかは覚えていない。
だが、彼がコースへ姿を現した瞬間の高揚感は、今でもよく覚えている。
「Go, Jack !」
ジェラルド、マリアンヌ、そして私。三人そろって、声の限りにジャックを応援した。
サルキーを引いた馬たちが、ライトの下を猛烈な速さで駆け抜けていく。
牧場で穏やかに草を食んでいた、あのジャックが、今は大勢の観客が見守るコース上で、懸命に前を追っている。
結果は、わずかな差で2位。
優勝には一歩届かなかったものの、堂々たる健闘である。
私たちは、誇らしい気持ちでジャックへ大きな拍手を送った。
自分が馬主だったわけでも、育てたわけでもない。それでも、日頃から同じ家の牧場で見守ってきた愛馬が、目の前で力いっぱい走る姿には、胸を熱くさせられるものがあった。
あの夜、私は単なる観客ではなく、ほんの少しだけ「チーム・モーガン」の一員になれたような気がした。
この晩、サルキー(馬車)を引き全力疾走する競走馬たちの迫力に息をのんだ。
モーガン夫妻の後ろを歩きながら
レースと表彰式を終え、私たち三人は、まだにぎわいの続く会場を後にした。
私の少し前方には、微笑み合い、寄り添って歩くジェラルドとマリアンヌの後ろ姿があった。
広い牧場で三人の息子を育て、馬を飼い、ときにはこうして夫婦でメルボルンまで遠征する。
肩を並べて歩く二人の姿は、いかにも仲睦まじく、微笑ましいものだった。
しかし、その後ろを一人で歩く若き日の私は、ふと自分の隣を見てしまった。
そこには当然、寄り添う相手などいない 😂
――私にも、いつかこんなふうに、となりを歩いてくれる人が現れるのだろうか・・・
今の私なら、仲睦まじい夫婦の姿を普通に「素敵だな」と眺められる。けれども当時は、まだ多感なお年頃。
華やかなレースの余韻の中で、ほんの少しだけ寂しさを覚えてしまったのである。
そんな甘酸っぱい感傷も抱えながら、久しぶりの大都会での夜は静かに更けていった。
勇猛に走りきった愛馬ジャックに誇らしげに寄り添うモーガン夫妻
帰り道に立ち寄ったベンディゴ
翌日曜日。
朝食を済ませた私たちは、前夜に大活躍したジャックを再びホースフロートへ乗せ、スワンヒルへの帰路についた。
その途中、ベンディゴ(Bendigo)という町に立ち寄った。
ここには、ジェラルドのお母さまと、弟さん一家が暮らしていた。
ジェラルドのお父さまは、この数年前に他界されていた。そのため、この日お会いしたのは、お母さまと弟さんご一家であった。
モーガン夫妻にとっては、久しぶりの親戚訪問。そして私にとっては、ジェラルドのご実家の皆さんと初めて対面する機会となった。
ジェラルドのお母さまも、弟さんご夫妻も、とても気さくで穏やかな方々だった。
突然現れた日本人の私を、誰ひとり特別扱いすることなく、初対面からごく自然に迎え入れてくれた。
温かい飲み物とお菓子を囲みながら、皆で過ごした和やかな午後のティータイム。
何を話したのか、その細かな内容までは覚えていない。それでも、笑顔に囲まれながら、居心地のよい時間を過ごしたことは、今も心に残っている。
翌日曜日、スワンヒルへの帰途に立ち寄ったベンディゴにあるジェラルドの親戚宅でお茶の時間。左からジェラルドのお母さま、3人おいて筆者、ジェラルドの弟さん、1人おいて末っ子のジャロッドとジェラルド
牧場から始まり、早朝の長距離ドライブ、半月ぶりのメルボルン、チャイナドレスでのレース観戦、そしてベンディゴでの親戚訪問。
わずか一泊二日の旅だったが、そこには、それまで知らなかったモーガン一家の暮らしが、ぎゅっと詰まっていた。
ホストファミリーとは、ただ部屋と食事を提供してくれる人々ではない。
日々の暮らしを分け合い、喜びや楽しみを一緒に経験し、ときには親戚の輪の中にまで迎え入れてくれる存在なのだ。
ジャックを応援するために出かけたメルボルン遠征は、私がモーガン家の一員へ、また一歩近づいた週末でもあった。
そして、その少し後・・・
(次回)
今度はメルボルンから、私にとって待ち遠しかった大切な友人が、スワンヒルを訪ねてくることになった。

