【第14話】親友がスワンヒルへやって来た! ~正子さんの言葉に取り戻した自信~

スワンヒルでの暮らしにも、M校でのスパルタ授業特訓にも、ようやく少しずつ慣れ始めた5月下旬。

それまで頑張ってきた私へのご褒美のように、その週末、懐かしい友人との再会が待っていた。

メルボルンでの研修時代に苦楽を共にした仲良し組のひとり、正子さんが、はるばるスワンヒルまで会いに来てくれることになったのである!

手紙で届いた、嬉しい知らせ

メルボルンでの研修を終え、それぞれの活動地へ散ったあとも、私たちは頻繁に手紙をやり取りしていた。

正子さんは、メルボルン郊外の小学校でインターン活動を続けていた。手紙からは、ホストファミリーとの暮らしにも恵まれ、元気に充実した毎日を送っている様子が伝わってきた。

そんな彼女から届いた一通に、嬉しいリクエストが!😆

『突然ですが、今月下旬の週末にNaoちゃんと会いたいのだけれど、スワンヒルへおじゃましてもいいですか?』

手紙を一気に読み終えた私は、嬉しさ爆発。

すぐさまリビングにいたマリアンヌのもとへ走り、正子さん訪問の可否を尋ねた。

「もちろんよ。私たちも大歓迎!」

彼女のお墨付きをもらうやいなや、私は大急ぎで返事を書き、投函。

スワンヒルへ出発の日、メルボルンの研修所で涙の別れをして以来。

こんなに早く再会できるとは、思ってもみなかった。

現在のように、チャットやSMSで数秒のうちに連絡を取り合える時代ではない。ましてや写真付きのメッセージ、いわゆる「写メ」など、まだ影も形もなかった1997年のこと。

返事が相手のもとへ届くまでには、何日もの時間がかかる。それでも、手紙というものは、やはりよいものだと思う。

封筒を手にした瞬間から、そこに書かれている相手の近況を想像してワクワクする。嬉しい内容であれば、何度も何度も読み返す。

少し不便だったからこそ、一通の手紙を待つ時間も含めて、大切な思い出になったのかもしれない。

スワンヒル駅で、待ちに待った再会

5月下旬の金曜日。

ドタバタ続きだった一週間をようやく終えた夕方、私はマリアンヌの運転する車で、いそいそとスワンヒル駅へ向かった。

ホームに立ち、メルボルンからの列車の到着を今か今かと待つ。

ほんのひと月ほど前、私も当時のスペンサー・ストリート駅から列車に乗り、同じ線路をたどってこの町へやって来た。

初めてスワンヒル駅へ降り立ち、夕方のホームで、マリアンヌとケリーの出迎えを受けた日のことをぼんやりと思い出す。

これまでの人生にないほど中身の詰まった、長い長い時間を過ごしたような気がしていた。

周りに日本人が誰ひとりいない、文字どおりの「外国人」として過ごす環境。

インターンとはいえ、生まれて初めて仕事をしながら送る外国暮らし。

授業のたびに浴びたケリーからのダメ出し。深夜まで続く教案作り。生徒たちの前で英語に詰まり、冷や汗をかいたこと。

そんな暮らしにも、ようやく少しずつ慣れ始めていた。

正子さんに会えたら、何から話そう。

あの話も、この話も聞いてほしい!

伝えたいことが、頭の中に次から次へとあふれてくる。

やがて、メルボルンからの列車が静かにホームへ滑り込んできた。

プシューッとドアが開き、そこから、はじけるような笑顔の正子さんが飛び出してきた。

「わーい、正子さーん! 会いたかったですよ~~!」

「Naoちゃーん! こんなに早く会えると思ってなかったよー!」

私たちは、早速再会のハグ。

はしゃぎまくる日本人娘二人を、マリアンヌは傍らで嬉しそうに見守っていた。

この週末は、娘がもうひとり

私はすぐさま、正子さんをマリアンヌへ紹介した。

「あなたのことは、Naoからよく聞いていたわ。Masako、スワンヒルへようこそ! この週末は、娘がもうひとり増えたようだわ。さあ、早速、今夜のバーベキューの買い出しね!」

その晩、モーガン家のバックヤードでは、盛大なバーベキューで正子さんの歓迎会。

ベンディゴに暮らす長男のダニエルを除いた一家総出で庭先に集まり、肉や野菜を焼きながら、にぎやかな宴が始まった。

正子さんは、初めてモーガン家へやって来た日の私と同じように、邸宅と牧場の広大さに目を丸くしていた。

メルボルン郊外で暮らしている彼女にとって、日常の生活の場として、これほど広大な片田舎の風景を目にする機会はほとんどなかったのだろう。

「いやあ、私の環境とはえらい違い! Naoちゃんからの手紙を読んではいたけれど、こんなにも広いとはね・・・ここで活動期間をずっと過ごすんだっけ?」

「いえいえ、一軒につき6週間ずつなんです。8か月の間に、モーガンさんのお宅を含めて5軒のご家庭にお世話になることになっているんですよ。先月の歓迎パーティーで皆さんとはお会いしているんですけど、皆さん素敵な方たちばかりで、今から楽しみです」

「そうなんだ。私は今のステイ先と、次の一軒を合わせて2軒の予定みたい。どちらも良い人たちで、私も楽しく過ごせてるよ」

互いに違う環境で活動しているからこそ、話したいことは尽きなかった。

「Naoちゃん、自信を持っていいって!」

話題は、やがて私たちのインターン活動へと移った。

「それはそうと、私、Naoちゃんの活躍ぶりって、本当にすごいと思ってるんだよ」

「へ? そりゃまた、どうして?」

正子さんは、驚く私に、いつもの勢いで続けた。

「だってさ、今回のインターン活動って、どこの誰の近況を聞いても、Naoちゃんみたいに自分が授業を運営しなきゃいけない人なんて、ほかに聞いたことがないよ。しかもElementary SchoolやKinderじゃなくて、Secondary Schoolの大きな生徒たちが相手でしょう? 私だったら、とても気が引けちゃうもん」

参加仲間の活動先の多くは、Elementary Schoolと呼ばれる小学校だった。

正子さんとの手紙のやり取りでも、仲間たちの主な活動は、専任教師の授業補助だと聞いていた。

日本語の音読で発音を指導したり、折り紙や書道を紹介したりと、それぞれが日本から持参した題材を使って、日本文化を伝える活動が中心だったようだ。

もちろん、それらも大切な仕事である。

しかし、少なくとも私が仲間から聞いていた範囲では、中学・高校一貫のセカンダリー・スクールで、授業の教案から進行までを任されている人は、他にいなかった。

言われてみれば、私の置かれていた環境は、当初自分が想像していた「授業アシスタント」の範囲を、はるかに超えていた。

私は、ここぞとばかりに話した。

着任初日から始まった教案作成との格闘。

深夜まで机に向かい続けたこと。

ケリーからのダメ出しオンパレード。

授業で英語が出てこず、頭の中が真っ白になったこと。

これまで誰にも言えずに抱えてきた散々な日々を、堰を切ったように語って聞かせた。

正子さんは、時には驚き、時には大きく頷きながら、じっと耳を傾けてくれた。

そして言った。

「とにかく、Naoちゃんみたいなケースって、私の知っているメンバーからは全然聞かないもの。手紙を読んでいて、相当大変そうだったから心配してたんだ。でも今日会って、元気そうで本当にほっとしたよ」

さらに、彼女の機関銃トークは続いた 😄

「私も、ほかのみんなも、『Naoさんて、そんなにハイレベルなことをしてるの!?』ってびっくりしてたんだよ。それに研修の頃から、Naoちゃんの環境適応力ってすごいよね、私たちも見習いたいよねって、いつも話してたんだから。いや、本当に自信を持っていいって!」

これまで、自分は何をやっても足りないと思っていた。情けないと思っていた。

ケリーからキツい指摘を受けるたび、また失敗した、またうまくできなかった・・・と、自分を責め続けていた。

だが、別の環境で活動している仲間の目には、私の日々は「できていない姿」ではなく、それだけ難しいことへ挑戦している姿に映っていたのである。

そんなふうに思ってもらえていたとは、想像もしていなかった。

正子さんの飾らない激励に、ダダ下がりだった自己肯定感が、内側からムクムクと回復してくるようだった。

「私、そんなふうに思ってもらえていたんだ。なんだか、少しずつ自信を取り戻していける気がする。正子さん、ありがとう!」

「これだけの活動を最後まで続けられたら、Naoちゃんの将来は絶対に明るいよ。私だって、今日Naoちゃんから改めて元気とやる気をもらったもん。お礼を言いたいのは、こっちのほうだって」

互いの近況報告から始まったはずが、いつしか私の人生相談のようになっていた。

それでも、久しぶりに日本語で心ゆくまで話せる女子トークはお互いに楽しくてたまらず、夜が更けても止まらない。

結局、私たちは明け方近くまで、ノンストップで語り合った。

こういうときに限って寝不足を感じないのは、やはり若さゆえだったのだろう。

ジャックとの対面、そして人生初のゴルフ場へ

翌朝、朝食を済ませると、ジェラルドの計らいで、正子さんと愛馬ジャックがご対面。

週末の柔らかな朝日に照らされ、澄んだ冷たい空気を浴びながら、私たちは牧場とモーガン邸の周辺をゆっくり歩いた。

特別なことをしているわけではない。ただ、大切な友人と並んで歩き、目の前の風景を一緒に眺める。

そんな何気ない時間こそが、かけがえのないものだった。

メルボルンの研修所で涙のお別れからわずかひと月たらずでの友人、正子さんとの再会!筆者にも久しぶりに心からの笑顔が戻りました😄

午前中、ジェラルドが私たちに声をかけた。

「せっかくの機会だ。NaoとMasakoも、一緒にゴルフ場を回ってみないか?」

「わあ、賛成!」

庭先でパターを教えてもらった経験はあったものの、本格的なゴルフ場を回るなど、私たち二人にとっては、それまでの人生でまるで縁のなかった世界。

ジェラルドに加え、次男のブレットと末っ子のジャロッドも一緒に、私たち日本人娘は、初めてゴルフクラブを手に広大なグリーンへと繰り出した。

ジェラルドの指南を受け、何度も素振りを繰り返したあと、いよいよ人生初のショット。

ところが、クラブの先から舞い上がったのは、ちぎれた芝だけ 😅

恐る恐る足元を見ると、肝心のボールはティーの上に鎮座したまま、何事もなかったように私を見上げている。

まあ、生まれて初めての経験ゆえ、ご容赦を……。

そんな私たちをよそに、モーガン親子の腕前たるや、お見事!

末っ子のジャロッドでさえ、小柄で華奢な姿からは想像もつかないほど巧みに5番アイアンを振り、ボールを遠くへ打ち放つ。

私たちは、その姿をあ然と見つめていた。

現在の日本では、若い女性が気軽にゴルフを楽しむことも珍しくない。だが、当時の私にとって、ゴルフはプロ選手か裕福な大人たちのための、どこか遠い世界の競技だった。

それを女性も子どもも、家族で当たり前のように楽しめる環境が、なんともうらやましく感じられた。

ちなみに、日本へ帰国したあと、そして現在に至るまで、私が再びゴルフクラブを握ったことは一度もない。

おそらく、これからもないだろう。

この日、正子さん、モーガン親子と人生初のゴルフ場を経験した筆者。結果はまぁ・・・ご想像におまかせ 😅

お気に入りのPioneer Settlementへ

ゴルフ場で歩き回ったあとも、私たちの週末観光は終わらなかった。

昼前からはランチを兼ねて、スワンヒルといえば――の、私のお気に入り、Pioneer Settlementへ繰り出した。

第12話で紹介した、開拓時代の町並みを再現した野外博物館である。

正子さんと一緒に園内を歩き、古い建物や農機具を見て回り、外輪船Pyap号に乗ってマレー川の遊覧も楽しんだ。

かつてマリアンヌに初めて連れてきてもらった場所を、今度は私が友人へ案内する。

いつの間にか私も、この町の魅力を誰かに伝えられるほど、スワンヒルでの暮らしに馴染み始めていた。

正子さんと一緒にPioneer Settlementを訪れた日のスナップ写真は、今も大切に手元に残っている。

スワンヒルを初めて訪れた正子さんを、早速、私のお気に入りスポット Pioneer Settlementへご案内

次は、冬休みに会おう

楽しい時間は、いつも驚くほど早く過ぎていく。

翌日曜日の昼前、私たちはマリアンヌの運転する車で、正子さんをスワンヒル駅まで送っていった。

ヴィクトリア州の学校では、あとひと月ほどでTerm 2が終わり、そのあとには約2週間の冬休みが待っていた。

「いやあ、今回Naoちゃんに会えて、本当に嬉しかった! それに、スワンヒルってすごく良い所だね。私、すっかり気に入っちゃったよ!」

「こちらこそ、正子さんがわざわざ来てくれて、どんなに救われたか!でも、本当にあっという間でしたよね・・・次は、いつ会えるかな?」

「そうだよね。週末なんて、またたく間だもんね……。でも、ちょっと待って。あとひと月でSchool Holidayじゃない、私たち?」

正子さんの表情が、ぱっと明るくなった。

「そうだ、ほかの地域から集まれそうな仲間にも声をかけてさ、みんなでどこかへ旅行しようよ! 私、みんなに連絡しておくから!」

「いいですね、賛成! 私も、良い旅先がないか情報を集めておきますよ!」

次の楽しみが見つかった途端、別れの寂しさは少しだけ軽くなった。

正子さんは、笑顔でメルボルンへ戻っていった。

彼女がかけてくれた言葉は、その後も長く、私の心の中に残り、その後の活動期間を乗り切る原動力となった。

厳しい指導を受けていると、自分のダメなところばかりに目が向いてしまう。

けれども、少し離れた場所から見れば、私はすでに、かつての自分には想像もできなかった挑戦を続けていたのである。

――よし、あとひと月。冬のバケーションを目指して、明日からまた頑張ろう。

正子さんとの再会は、失いかけていた自信を取り戻し、もう一度前へ進む力をくれた、忘れられない週末となった。

(次回へつづく)

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