正子さんとの再会を果たし、冬休みにまた仲間たちで集まろうと約束した週末が終わった。
翌日から、私は再びいつもの日常へ戻った。
生徒たちの元気な声に負けじと、張り切って日本語の授業に臨む毎日。
緊張でいっぱいだった活動開始から、早くもひと月あまりが過ぎようとしていた。
悩んだり、泣いたり、笑ったり・・・
決して平坦な日々ではなかったが、この頃になると、クラスごとの雰囲気や、生徒一人ひとりの特徴、ちょっとした癖なども、少しずつつかめるようになっていた。
学校でも、ホストファミリーとの生活でも、周囲に日本人は誰ひとりいない。
日本語というものが、教科書の中と、自分の口から発せられる言葉の中にしか存在しないような環境にも、いつの間にか慣れ始めていた。
初日からコツコツと書きためてきた教案も、気がつけばかなりの量になっていた。それらは単なる授業用のメモではなく、試行錯誤を重ねながら私自身が作り上げた、貴重な活動記録となっていた。
以前は毎日のように浴びていたケリーからの注意やダメ出しも、いつの間にか、ほとんど聞かれなくなっていた。
正子さんから、「Naoちゃん、自信を持っていいって!」と励ましてもらったこともあり、私の中には、ようやく小さな自信が芽生え始めていた。
授業運営がラクになったとまでは言えない。それでも、教室へ向かうときに感じていた、あのズンっ!という胃にのしかかるような緊張は、以前よりずっと軽くなっていた。
そんな頃、私はケリーから、思いもよらない話を聞かされることになる。
「Nao、大事な話があるの」
5月も終わろうとしていた、ある日のことだった。
午後最後の授業を終えたあと、ケリーが私を呼び止めた。
「Nao、あなたに伝えておきたいことがあるの。大事な話だから」
その言葉を聞いた瞬間、私は身構えた。
ケリー女史からのご注意には、すでにある程度の免疫がついていた。
しかし、このときの彼女は、いつもの「反省会」や「説教部屋」とは明らかに違う雰囲気をまとっていた。
また何か大きな失敗をしてしまったのだろうか?・・・😥
緊張しながら次の言葉を待っていると、ケリーは静かに切り出した。
「実は私、日本へ行くの」
「……えっ?」
予想もしなかったひと言に、私はその場で固まった。
言葉にならない私の表情を見ながら、ケリーは話を続けた。
「もう少し早く話しておくべきだったんだけれど、私にも、日本の高校で英語を教えてみたいという夢があったの。去年から準備を進めていて、8月に出発することが決まったのよ」
いつも目の前の授業をクールにこなしている彼女が、ひそかにそんな夢を追い続けていたとは知らなかった。
「そうだったんだ……。あまりに突然で、びっくりしちゃって。でも、夢をかなえたんだね。おめでとう! それで、日本のどこへ行くの?」
「ありがとう、Nao。行き先はOkayamaという所よ。これから、どんな場所なのか調べなくちゃいけないんだけれど、あなたは知ってる?」
「ごめんなさい。岡山には行ったことがないから、私も詳しくは知らないの。でも、実家の母が若い頃に旅行したことがあって、日本らしい風情のある、とてもよい所だと聞いたことがある」
今の時代なら、スマートフォンを取り出して、その場で地図や写真、生活情報まで調べられるだろう。
しかし、時は1997年。
Windows 95こそ世に出ていたものの、インターネットはまだ今ほど身近ではない。携帯電話も一般に広く普及しているとは言えず、ましてやスマートフォンなど存在しなかった。
手元に『地球の歩き方』でもあれば、岡山のページを見せてあげたかったところである。
日本語教師ではない後任者!
突然の日本行きに驚きながらも、私の頭には、すぐに現実的な疑問が浮かんだ。
「それじゃあ、ここでの勤務も、本当にあと少しなんだね。出発の準備もあって、これから忙しくなるね。でも……あなたの後任の先生は、もう決まっているの?」
ケリーの表情が、少しだけ引き締まった。
「重大なのは、そこなのよ」
彼女によれば、後任にはジェフリー・ホイットマン、通称ジェフという男性教師が決まっているという。
ジェフは、私のホストファミリーであるモーガン夫妻とも顔なじみで、人柄もよい人格者とのことだった。
そこまでは、安心できる話だった。
しかし、ケリーは続けた。
「ただし、彼は日本語教師ではないし、日本語が分かるわけでもないの」
「……え?」
今度こそ、私は絶句した。
「それじゃあ、来学期から私はどうすればいいの? だって私は、正式な教員免許を持つ日本語教師でもなんでもないじゃない!」
ケリーは、私の動揺を予想していたようだった。
「大丈夫。校長のハリス先生には、すでに話を通してあるわ。学校側も今年度の事情を理解したうえで、責任者として必要な手配をしてくれているから、そこは心配しないで」
もちろん、ジェフは現場責任者として日本語のクラスに立ち会う。
しかし、実際の授業運営は、私が中心となって行うことになるという。
「生徒たちには、ジェフが日本語を話せるかどうかについて、わざわざ説明しなくていいから」
そう言われても、私の不安は消えなかった。
「教員免許もない私が、本当にそこまでやって大丈夫なの? 私なんかが中心になって、全学年の授業を進めていくなんて、とても自信が持てないよ・・・」
ひと月前の私なら、日々の教案を仕上げるだけでも精いっぱいだった。
ようやく授業に慣れ始めたと思った矢先に、今度は全学年の日本語クラスを自分が中心となって受け持つという。
話の展開が、あまりにも急すぎた。
厳しい指導のワケ
するとケリーは、まっすぐ私を見て言った。
「私の予定があったから、最初からあなたには厳しく指導せざるを得なかったの」
その言葉を聞き、これまでの日々が一気によみがえった。
授業後に指摘された、数え切れないほどの改善点。
何時間もかけて作った教案を、さらに練り直した過酷な徹夜作業。
「あなたの授業は、とても退屈」-- 単刀直入なフィードバックに、心が折れかけたこと。
生徒たちの前に立つたび、英語や授業の進め方に神経をすり減らしたこと。
なぜ、アシスタントの私に、ここまで厳しいことを要求するのだろう。話が違うんじゃない!?
メルボルンの受入れ団体事務所へ宛てて、何度抗議しようと思ったか分からない。
ケリーは、自分がいなくなったあと、私が一人でも授業を進められるように、最初から私を鍛えようとしていたのである。
もちろん、それを知ったからといって、これまで受けたダメージが魔法のように消えるわけではない。
それでも、彼女の厳しさの裏側にあった意図を初めて知り、ばらばらだった出来事が、一本の線につながったように感じた。
「Nao、あなた、ここまで本当によく努力したわ」
ケリーは、さらに続けた。
「今のあなたなら、もう大丈夫。生徒たちも、みんなあなたを信頼している。それが、私にはよく分かる。」
そして、私の目を見ながら、はっきりと言った。
「いい、Nao? これからは、あなたの番よ。あなたがやるの」
「私、トライしてみるよ」
ここまで厳しい指導に食らいついてきたのは、何とか将来の就職につながる道を開きたい、という思いがあったからだ。
ここで逃げてたまるか!!
活動を始めて以来、私は何度もそう自分に言い聞かせてきた。
だが、その「食らいつく相手」であるケリーが、私より先にM校を去ってしまう。
しかも、今度は私が授業の中心になる。
まさか、こんな形勢逆転劇が待っているとは思いもしなかった。
私は少しの間、考えた。不安がなくなったわけではない。
教員免許もなければ、正式な日本語教師としての訓練を受けたわけでもない。
それでも、あのケリーが「今のあなたなら大丈夫」と言ってくれている。
彼女の厳しさを誰より知っているからこそ、その言葉には重みがあった。
「……分かった。そこまで言ってくれるのなら、私、トライしてみるよ」
ケリーの表情が、少しだけ和らいだ。
「ありがとう、Nao。私がここにいられるのは、あと少しの間だけれど、あなたが困らないように、残していけるものはきちんと準備しておくから」
そして彼女は、どこか嬉しそうに、「私はこれから日本で英語を教える。そしてあなたは、引き続きこの町で日本語を教えるのね」
「それこそ、これが本当のCulture Exchangeなのかもしれないね」
「そうね。お互いに夢をかなえていくのよ!」
人というものは、どれほど厳しい環境でも、しばらく身を置けば、少しずつ免疫がついていくものなのだと思う。
私も、このひと月、泣いたり落ち込んだりしながら、必死に食らいついてきた。
ケリーのスパルタ指導にも、活動終了まで何とか耐え抜いてやろうと、ようやく腹をくくり始めていた。
ところが、彼女は活動の途中で日本へ旅立ち、私がその後を引き受けることになった。
当初からのハードモードな日々は、このためだったのか――。
そう思うと、少しだけ納得できる気がした。
だが同時に、これから自分の肩にのしかかる責任の重さを思うと、とても平静ではいられなかった。
その日の夜、帰宅した私は、いつもより早く床に就いた。
予測不能な青天の霹靂。
頭では話を理解しているつもりでも、心はまったく追いついていなかった。
来学期から、いったい何が待っているのだろう??
いくら考えてみても、何ひとつ具体的な姿が浮かばない。
とにかく、その日は眠ってしまいたかった。
ところが翌朝、ケリーは、私をさらに驚かせる予定を告げることになる。
「Nao、来週末は、泊まりがけの旅行支度をしておいて」
行き先はメルボルン。
そして旅の目的は――まさかの、大相撲見学だった。
(次回へ続く)

