メルボルン事前英語研修で味わった最初の挫折
現地での出だしが週末だったこともあり、翌週、私はまだ半分観光客のような気分で目が覚めた。
それでも、この日から始まる2週間の事前研修への気合だけは十分だった。
前の週末でのホストファミリーとのやり取りで、妙な自信も芽生え始め、何より、この9カ月のオーストラリア滞在を、何としても将来の就職へつなげなければ!という、自分自身に課した最大の課題がある。
すっかりおなじみになったターキッシュ・コーヒーとトーストのシンプルな朝食を済ませると、朝7時、私は家を出た。
前日、ホストマザーのエミネに道順を教えてもらったばかりの目的地は、メルボルン北東部の郊外住宅地にあるGreensborough(グリーンズボロー)駅。
ホストファミリー宅から、この駅までは徒歩15分ほどだっただろう。
まだ早朝の冷たい空気が残る、静かで落ち着いた住宅街を歩きながら、私はこれから始まる研修への期待に心躍らせていた。
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当時グリーンズボロー駅までの道。こんな感じだったのだなぁ・・・
グリーンズボロー駅のホーム。ここからClifton Hill駅まで3週間、毎朝通った思い出の場所
今思えば、いそいそと新しい講義を受けに向かう留学生気分である。
今となっては、研修施設までの詳しい道順はほとんど覚えていない。
確か、Greensborough駅からHurstbridge線に乗り、Melbourne Centralまでは行かず、その手前のClifton Hillあたりで降りたような気がする。
そこから研修施設までも徒歩だったと思う。
ほぼ30年前のことなので、記憶違いもあるかもしれない。
それでも、朝の通勤電車の車窓から見えた景色だけは、なぜか今でもぼんやり覚えている。背の低い住宅が並び、その向こうには、大陸にいることを実感させる、広い空が広がっていた。
東京都内の通勤電車のような息苦しさやせせこましさは皆無で、どこかのんびり、ゆったりとしていた。
「自分は本当にオーストラリアに来たんだな」
そんなことを考えながら、私はこれから始まる9カ月間への期待を膨らませていた。研修開始は9時頃からだったと思うが、8時過ぎには施設へ到着。
たった2日前に、空港から各ホストファミリー宅へ散り散りになっていただけなのに、「ワーーー!〇〇さーーーん!」「元気だった!?」など、10年ぶりの再会でもしたかのように、夢中でお互いのホームステイ2日間体験談で盛り上がり、研修所の中庭は盆踊り会場のような盛り上がりとなっていた。
肝心の研修は、ラ・トローブ大学傘下のESL(英語を母国語としない外国人向け語学研修センター)で行われた。
これから1カ月、3週間の英語力強化に加え、後の1週間で、各参加者が赴任先の学校で行う日本文化紹介や日本語授業の実践方法についても徹底的に学ぶことになっていた。
ESLでの英語研修初日。重厚な建物に皆で圧倒されたっけ。
まず、日本文化紹介講座。
さすがに各参加者たちは日本から、茶道に生け花、日本料理、折り紙、紙芝居、竹とんぼ、盆踊りや日本舞踊の振り付け実践、果ては和太鼓の指導など、十人十色のユニークなアイデアを活動先へのお土産教材として用意してきていた。
かく言う私、実は渡航前に **大正琴を猛特訓。発表会では、その演奏を遺憾なく披露した。
思いのほか好評で、活動開始後は、参加仲間たちの活動地からも代わるがわる声がかかり、小さな「大正琴ツアー」が始まることになる。
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さて、肝心の英語研修はというと・・・
ESLの生徒たちは、もちろん我々一行だけでなく、韓国や台湾などから留学に来ていた他国の生徒さんたちも一緒に学んでおり、彼らとも意気投合し、初日から仲良くしてもらったことを覚えている。
ESLでの先生、クラスメートたちと。日本からの研修仲間、韓国からの留学生も入り交じって、仲良く、楽しい毎日でした。
授業の内容は、スタンダードな読み書き、会話、ディクテーションや文法など、型どおりのザ・英語の授業。
日本での大学時代にも、ザクっとこの形式の授業をイギリス人やアメリカ人講師から受けていたので、読み書きや初歩的な会話ならば、授業を受ける場所が変わってもさほど抵抗がなかったのは幸いだった。
参ったのは、連日お題が変わるロールプレイと、やたらと早い(この時の私にはそう感じた)ディクテーションと、文法。
翌日授業のロールプレイの課題を前に、深夜まで和英辞書と首っ引きでセリフを練ったこともしょっちゅう。文法に至っては、2週目に言い渡された、居残りでの追試。
追試、追試ですよ、あなた 😭
品の良さげな担当講師のオジサマが、私と成績表とを代わるがわる見比べつつ、
「申し訳ないけれど・・・君の今の会話レベルとは、かけ離れた文法の成績に、僕はだいぶ混乱しているよ」
とコメントを受けた衝撃だけは、今でもはっきり記憶している。(ほんとに、現地就職を目指す気、あるんかーーーーい!💢)
一定の単位を取得できなければ卒業できない、という留学生向けの本式コースではなかったので、お情けでギリギリ通していただいた、世にも情けない私の黒歴史(?)のひとつである。
自分の名誉回復のため補足しておくとですね、一応、この文法問題がその後、私の現地での活動に深刻な影響を及ぼしたことは、何ひとつなかったことを付け加えておきます。
この研修中、私が文法追試事件以上に落ち込んだことがある。
前出のESLでクラスメートだった他国からの留学生はもちろん、我々日本語授業インターンの参加仲間たちの、授業に取り組む、あまりに熱心な姿勢には、思わず自分が恥ずかしくなった。
研修前までは、あれほど日本人仲間でつるんで、ワイワイしていた同人物とは思えないぐらい、授業時間外も図書館で熱心にディクテーションの特訓をしていたり、授業後、積極的に先生への追加質問をし、自分の疑問や課題は、その授業中に即解決させる人など様々。
当初、私よりもディクテーションに四苦八苦していた研修仲間のひとりが、2週間を終える頃には、私よりもはるかに上を行っていたことへのショックも大きく、強烈な劣等感に苛まれてしまった。
格好付けと、余計な気負いだけが空回りし、毎日の収穫がまったくパッとしなかった自分にとって、頭からげんこつでも喰らったかのごとく、大きな反省を強いられ続けた苦闘の日々は続いた。

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英語の授業は苦戦続きだったが、放課後の私はある意味、誰よりもオーストラリア生活を満喫していたかもしれない(苦笑)
(第7話へ続きます)
**大正琴(たいしょうごと):日本で大正時代に誕生した弦楽器。タイプライターのようなキーを押さえながら弦を弾くため、楽譜が読めない人でも比較的演奏しやすく、日本では趣味の楽器として長く親しまれています。

